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看護過誤real estate

第3 機械・器具の扱いの事故

1 スイッチの入れ忘れによる事故

看護師の過失肯定例

○看護師3名がアイセル病の患者を入浴させた後,人工呼吸器のアラームのスイッチをオンにするのを忘れ,その後人工呼吸器の接続部がはずれて患者Aが呼吸困難の状態に陥ったがアラームが鳴らなかったために気付くのが遅れ,患者が死亡した事案
「人工呼吸器がAの体からはずれると同人の生命自体が脅かされる状況にあったのであるから,担当看護師が負っていた人工呼吸器のアラームのスイッチを入れておくべき注意義務は,きわめて重大かつ基本的義務であるとともに,わずかの注意さえ払えばこれを履行することができる初歩的な義務であるということができる。この注意義務を怠ったこと自体,重大な過失であるし,さらに,以前にも同様の事故があり,病院側も本件のような事故が生じる可能性を十分に認識し得たにもかかわらず,再び本件事故を惹起したのであるから,その責任は重大である。」
(神戸地判平成5年12月24日 判タ868・231)。

○准看護師が,清拭後人工呼吸器のメインスイッチをオンに戻さず患者を死亡させた事案
「人工呼吸器のメインスイッチをオンの状態にするのはもとより,そのフロントパネルの表示を目視し,同女の胸郭を観察するなどして,清拭後も右人工呼吸器が正常に作動して同女への空気の供給が正常に為されていることを確認し,事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
准看護師は罰金50万円
(松江簡略式命令平成13年1月9日,飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』561頁)

○准看護師が人工呼吸器の加温加湿装置の給水後に人工呼吸器を作動させず患者を死亡させた事案
「給水作業後は,人工呼吸器を作動させ,その気道内圧計及び同人の胸郭の観察等を行い,同人への酸素の供給が正常になされていることを確認し,事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
准看護師は禁錮8月,執行猶予2年
(盛岡地一関支判平成15年11月28日(飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』594頁)
仙台高裁平成16年10月14日判決は控訴棄却,さらに上告棄却で確定

○看護師が平成14年1月人工呼吸器の加湿器の蒸留水を交換した際,一時的に切った電源を入れ忘れ,患者が死亡した事案(札幌地判平成19年4月25日)
看護師の過失を認めた。看護師は,平成17年,小樽簡裁で罰金50万円の略式命令を受けている(毎日新聞2007年4月26日)

○CT検査を行った後,脳外科医が患者に人工呼吸器の管をつないだが呼吸器のスイッチを入れ忘れ,さらに看護師が心電図モニターのコードをつなぎ忘れたため,異常に気付くのが遅れた事案(読売新聞平成18年9月9日)

○国立H病院母子医療センターの看護師Xが三方活栓の空気抜き後にシリンジポンプの輸液流量の設定値を0に戻さず,かつその流路を三方活栓で遮断せず,看護師Yが当該シリンジポンプを起動させる際,輸液量の設定値の確認を怠りイノバン希釈液を過量投与し患者を死亡させた事案
看護師Xについて,「三方活栓内の空気を抜いた後は,同設定値を0に戻し,医師の指示に基づき同液の投与を開始するまでは,その流路を三方活栓で遮断して,同液の過量投与を防止すべき業務上の注意義務」に違反したとして,看護師Yについて,「同シリンジポンプの輸液流量の設定値を確認して同液の過量投与を防止すべき業務上の注意義務」
看護師Xは罰金30万円
看護師Yは罰金50万円
(弘前簡略式命令平成15年1月31日,飯田英男ら『刑事医療過誤U増補版』578頁)

2 チューブ類の外れ・閉塞による事故

看護師のみの過失肯定例

○看護師が窓つきインナーカニューレの洗浄・消毒の際,スピーキングバルブを窓なしインナーカニューレに装着し,患者の気道を閉塞し,全治不明の低酸素脳症に基づく意識障害に陥らせた事案「窓なしインナーカニューレにはスピーキングバルブを装着せずにその交換作業を行うなどして危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務」
看護師は罰金40万円
(東京簡略式命令平成13年11月20日,飯田英男『刑事医療過誤増補版563頁』)

医師らも含めた看護担当者の管理上の過失肯定例

○筋弛緩剤投与により自発呼吸を抑制され,耳鼻咽喉科医によって気管切開部にカフ付きカニョーレを挿入され人工呼吸器に接続されていた単純ヘルペス脳炎の患者について,看護師2名が清拭作業を行ったとき,人工呼吸器に装備されていた無呼吸アラームが鳴り出し,カニョーレのヨクが皮膚から1ないし2センチメートル浮いた状態で皮膚に密着するまでの挿入ができないまま,看護師や主治医内科医師がアンビューバックによる換気等を行ったが,換気状態は改善せず,耳鼻咽喉科医が駆けつけ,カニョーレを正常に挿入し人工呼吸器につなぎ,換気状態は改善したが,同日患者が死亡した事案

「本件ではファインティングの現象,ガーゼ交換又は体位変換などにより,Xに装着されていたカニョーレが正常な位置から移動する可能性が存在していたところ,前記説示のとおりカフのみによっては右移動を防止し得ないことに鑑みれば,本件でも,右のような事実により容易にカニョーレが移動しないよう,Y病院の医師にはヨクの固定紐により確実に固定しておく注意義務があり,又,同病院の看護担当者においても常時カニョーレの正常な位置から移動することがないように管理しておくべき注意義務を負っていたと解されるところ,前記のとおり,本件において何らかの偶発的事由により本件カニョーレが浮き上がった場合には,他に反証のない限り,右いずれかの措置に不適切なところがあったものと推認するのが相当であり」
医師の過失又は医師らも含めた看護担当者の管理上の過失を認めた
(神戸地姫路支判平成8年3月11日,判タ915・232)

医師のみの過失肯定例

○病院内で幼児に装着された気管カニューレが脱落して同児の呼吸不能を来し,脳酸素欠乏から中枢神経障害に至った事案
「何らかの偶発的な原因により気管カニューレを固定していた紐の結び目が自然にほどけて気管カニューレが抜去したものと推認するのが相当」(東京地判平成元年3月29日,判タ704・244)

3 ケーブルの接続ミス

3−1 T大学病院採血ミス死亡事件

昭和44年4月27日,T大学医学部付属病院の医師が採血針を供血者の静脈に刺し,電気吸引器の操作を担当させた看護師が血液を引くため本来吸入口につなぐべきところを噴出口にチューブをつないでしまい,さらに動転した看護師が駆血帯をほどいてしまい,健康な32歳の供血者が空気塞栓による脳軟化症で41日後に死亡した事案

(1)裁判
医師について千葉地裁昭和47年9月18日判決(刑事裁判月報4・9・1539),東京高裁昭和48年5月30日判決(刑事裁判月報5・5・942,判時713・133),看護師について千葉地裁佐倉支部昭和47年12月22日判決(罰金5万円),東京高裁昭和48年5月30日判決,最高裁昭和49年3月20日決定(上告棄却),民事について千葉地裁昭和46年3月15日判決,東京高裁昭和47年3月31日判決(判時663・65)

(2)スケープ・ゴート論
看護師は,自己の過失を認めつつ,病院の体質が生んだ事故,過労が引き起こした事故でもあると主張し,電気吸引機は厚生省の許可を受けていなかった,他の看護婦も電気吸引機で同様の事故を起こしそうになった,T大学病院では多くの医療ミスがあり病院がそれを隠していた,看護師は事故当時過酷な勤務を強いられていた等と主張した。

「採血における安全性の確保についての第二内科医師団の無為から目をそらし,近代医療のレベルに照らして甚だ不備な体制のもとで,補助者として偶々ミスをおかした被告人のみにきびしい追及を行なうことはいわば一種のスケープ・ゴートとすることにも似て,公平ではあるまい。」
看護師を罰金5万円
(千葉地裁昭和47年12月22日判決)
※医師にも罰金5万円の判決

東京高裁は,量刑不当破棄自判
医師,看護師とも禁固10月執行猶予2年

(3)信頼の原則について
「医師としては看護婦の一定の処置に対して十分信頼を寄せてよいケースがある(いわゆる信頼の原則)。たとえば,医療器械を使用する場合,器械の構造,看護婦の熟練度などに照らし危険性が少なければ少ないほど,医師の介入を必要とせず,看護婦に委ねて妨げないであろう。しかし逆に,危険性が高ければ,補助者のみをあてにしてはならない。さきにもふれた如く,本件電気吸引器は,これを採血に用いることは甚だ疑問があるところであった。従って被告人は,医師として看護婦に分担させた同吸引器の操作に全幅の信頼をおくのではなく」さらに自ら点検確認義務を尽くすべきであった(千葉地裁昭和47年9月18日判決)

「医師は,たとえ,看護婦にきわめて単純な行為を行わせる場合であっても,それが人に危害を及ぼすおそれのある以上,漫然と看護婦を信頼してこれに委ねないで,看護婦が過誤を犯さないよう充分に注意,監督をして事故の発生を未然に防止するのが当然であり,これを怠ったために発生した事故についての医師の責任は決して軽いものではない」(東京高裁昭和48年5月30日判決)

医師の目前で看護師が行った誤接続について,医師は直接確認することは容易で,およそ信頼の原則を適用する場面ではない。

3−2 H大学病院電気メス事件と信頼の原則

H大学医学部附属病院において,昭和45年7月17日,医師6名看護師3名による手術の際,看護婦長から指名されて電気メス器の係をしていた看護師が誤接続をしたために,異常な高周波電流が発生し,患者の右足部に熱傷を生じ右下腿部切断のやむなきにいたらしめた事案
看護師は罰金5万円
執刀医は無罪

看護師の誤接続の過失は明瞭で結果は重大であるが,電気メス器の事件としては初めての事故であり,看護婦長から病院管理者に対し器械の整備点検を十分に行うように申し出てあったのに十分行われておらず,診療器械の取り扱いを大幅に看護師に任せすぎていたことに問題があるなどから,看護師のみを強く非難することはできない(札幌地裁昭和49年6月29日判決(判時750・29)

一般通常の間接介助看護師は「ケーブルの誤接続をしたまま電気手術器を作動させるときは電気手術器の作用に変調を生じ,本体からケーブルを経て患者の身体に流入する電流の状態に異常を来し,その結果患者の身体に電流の作用による傷害を被らせるおそれがあること」を予見可能で,これは過失犯成立のため必要とされる結果発生に対する予見内容の特定の程度として足りる(札幌高裁昭和51年3月18日判決(判時820・36,判タ336・172)

看護師が昭和40年から同病院手術部に勤務していた正規の看護婦で,電気手術器を使用する手術に対する介助の経験をも積んでいたものであり,執刀医も同人がベテランの看護婦であることは承知していたこと,電気手術器のケーブルの接続は診療の補助行為ではあるけれども極めて単純容易な作業に属し,その方法については医師の指示を要するものではなく,およそ資格のある看護婦が担当してたやすく誤りを犯すとは容易に考えがたい種類の行為であること,それまで看護婦のしたケーブルの接続が誤っていたため不慮の事故を起こした例は皆無であったことが明らかであることから,執刀医について無罪の原判決を維持(札幌高裁昭和51年3月18日判決)

この判決の問題点を指摘する評釈は多く,その後の裁判例において信頼の原則自体は維持されているが,このような広汎な信頼の原則の適用は行われていない。

3−3 人工呼吸器の接続ミス

○国立M病院の看護師が蛇管を人工呼吸器の吸気口に差し込まず,誤って人工呼吸器の酸素濃度ダイヤルに差し込み患者が死亡した事案
看護師は罰金50万円
(松江簡裁平成12年5月8日略式命令,飯田英男『刑事医療過誤U増補版』560頁)

○A総合病院(富山県)の看護師が,人工呼吸器のアラームが吹鳴した際,患者の容体を確認することなく,外れていたホースを誤って人工呼吸器本体のフローセンサに接続したため患者を死亡させた事案
看護師は罰金30万円
(魚津簡裁平成15年4月3日略式命,飯田英男『刑事医療過誤U増補版』582頁)

人工呼吸器の回路を呼気口,加温加湿器などに接続する際,回路の口径が同じであるため,誤った接続ができることが問題点として指摘されている。

4 開放型コネクターTピースの不使用による事故

○T病院の准看護師が呼吸用挿管チューブと携帯用酸素ボンベの接続チューブの間に排気用器具であるTピースを装着せず,直接接続したために患者を死亡させた事案
「呼吸用挿管チューブと携帯用酸素ボンベの接続チューブとの間に,排気用器具であるTピースを装着して,同女の排気を確保するとともに,常時,同女の呼吸が安定した状態で確保されていることを確認すべき業務上の注意義務」
准看護師は罰金30万円
(栃木簡裁平成13年12月3日略式命令,飯田英男『刑事医療過誤U増補版』564頁)

2004年にI病院,2005年にN病院等でも同様の事故が起きている。
K病院の医療事故調査委員会が調べてみると,その看護師は,人工呼吸の原理を考えずに,誤った記憶に基づきLピースを使用したことが判明した。
また,ベッドサイドを離れたことも問題で,K病院では,マニュアルを改訂し,ネブライザー吸入開始後5分間は患者の傍を離れず監視する,ネブライザー使用時には呼吸監視モニターをつける,とした(隈本邦彦「医療・看護事故の真実と教訓」106頁参照)。
 
5 経管栄養チューブの気管支への誤挿入による事故

看護師の過失肯定例

○M病院の看護師Wが栄養チューブを患者の右気管支に誤挿入したままチューブ注入口を顔面に固定し,続いて看護師Xがチューブ注入口から栄養剤を注入したため患者を死亡させた事案
看護師Wは罰金30万円
看護師Xは罰金30万円
(盛岡簡裁平成14年12月27日略式命令,飯田英男『刑事医療過誤U増補版』574頁)

○F病院の看護師が鼻孔から気管内に経管栄養チューブを誤挿入し,気泡音があったものと軽信して栄養剤を投与し患者を死亡させた事案
看護師は罰金50万円
(富良野簡裁平成16年4月2日略式命令,飯田英男『刑事医療過誤U増補版』706頁)

6 透析事故

看護師の過失肯定例

○透析室に異動して間もない看護師は,抗生剤の点滴を透析終了後のラインを使って行うこととし,始動すべきではないのに何気なく血液ポンプを再始動させ,その後に来た別の看護師が血液ポンプのスイッチを切り,本来ならラインを外した後に返血ラインを止めている鉗子を外すところ,鉗子を先に外したことにより大量の空気が患者の血管内に一気に入り,患者が急変し,死亡した事案
「血管に空気を誤入させることのないよう同回路内の空気の位置及び状態等を十分点検し,同装置を的確に操作すべき業務上の注意義務」
看護師は罰金30万円
(八日市場簡裁平成14年1月11日略式命令,飯田英男『刑事医療過誤U』[増補版]

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