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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判平16・ 1 ・15集民213号229頁

スキルス胃がん事件 相当程度の可能性

被上告人は,同年7月17日に甲を診察した後,同月24日に胃内視鏡検査(以下「本件検査」という。)を実施した。
 本件検査においては,甲の胃の内部に大量の食物残渣があったため,その内部を十分に観察することはできなかった。もっとも,本件検査の結果によれば,幽門部及び十二指腸には通過障害がないことが示されており,胃潰瘍,十二指腸潰瘍又は幽門部胃癌による幽門狭窄は否定されるものであったから,胃の内部に大量の食物残渣が存在すること自体が異常をうかがわせる所見であり,当時の医療水準によれば,この場合,再度胃内視鏡検査を実施すべきであった。

(1) 医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。
 このことは,診療契約上の債務不履行責任についても同様に解される。すなわち,医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。
 (2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,平成11年7月の時点において被上告人が適切な再検査を行っていれば,甲のスキルス胃癌を発見することが十分に可能であり,これが発見されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,甲の延命の可能性があったことが明らかである。そして,本件においては,被上告人が実施すべき上記再検査を行わなかったため,上記時点における甲の病状は不明であるが,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり,甲のスキルス胃癌に対する治療が実際に開始される約3か月前である上記時点で,その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法を始めとする適切な治療が開始されていれば,特段の事情がない限り,甲が実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である。【要旨】これらの諸点にかんがみると,甲の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で甲のスキルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,甲が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。
 そうすると,本件においては,甲がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるから,これを否定した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

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