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最高裁医療判例real estate

最高裁医療判例
〇最判昭50・10・24民集29巻9号1417頁

ルンバール事件 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである,とした。

訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

前記の原審確定の事実、殊に、本件発作は、上告人の病状が一貫して軽快しつつある段階において、本件ルンバール実施後一五分ないし二〇分を経て突然に発生したものであり、他方、化膿性髄膜炎の再燃する蓋然性は通常低いものとされており、当時これが再燃するような特別の事情も認められなかつたこと、以上の事実関係を、因果関係に関する前記一に説示した見地にたつて総合検討すると、他に特段の事情が認められないかぎり、経験則上本件発作とその後の病変の原因は脳出血であり、これが本件ルンバールに困つて発生したものというべく、結局、上告人の本件発作及びその後の病変と本件ルンバールとの間に因果関係を肯定するのが相当である。

◯ 上記最判の調査官解説

上記最判の調査官解説(牧山市治「判例解説」最高裁判例解説民事篇昭和50年度471頁以下)は、輸血梅毒事件1審判決(下民集6巻4号784頁)の「裁判上の証明は科学的証明とは異なり、科学上の可能性がある限り、他の事情と相まって因果関係を認めて支障はなく、その程度の立証でよい。・・・裁判上は歴史的事実の証明として可能性の程度で満足するの外なく、従って反証が予想される程度のものでも立証があったといいうるのである」を引用し、「本判決(上記最判)は、訴訟における法律上の因果関係が科学上の論理必然的証明ではなく、帰責判断という価値評価を内包する歴史的事実の証明であるとする。
調査官解説は、上記最判を従来からの実務の伝統的な立場を宣明したものというべきであるとする。上記最判は、医療過誤事件では自然科学的医学のメカニズムを解明しようとするものではなく、「不法行為法上の法的評価としての因果関係が追求されている」のであり、「訴訟における法律上の因果関係が科学上の論理必然的な証明ではなく、帰責判断という価値評価を内包とする歴史的事実の証明であるとする従来からの実務の伝統的な立場を宣明したもの」であるとする。そして、経験則の下、間接事実から主要事実を推定することで蓋然性が強まるのであり、上記最判は、脳出血と本件発作、本件ルンバールと脳出血という二つの因果関係について、間接事実の積み上げによって経験則に照らして肯定したと記述する

◯ 「医療裁判 理論と実務」

弁護士石川寛俊先生の「医療裁判 理論と実務」(2010年 甲B56)に「ルンバール判決の訴訟上の証明とは、?証拠資料?証明対象?判定基準から自然科学的論理的証明と峻別されており、『高度の蓋然性』とは証明対象事実であって証明の程度(裁判官の心証度)を表すものでない。同趣旨に米村滋人『医事法判例百選」』(有斐閣、2006年) 156頁で『実体法レベルでの因果関係に一定の法的評価が加わり、主要事実自体が蓋然性となると理解するものであるが、因果関係概念が法的評価を含むとする立場からは無理な考え方ではない』とする。自然科学上の論理必然的証明に対して、歴史的事実相互間のつながりに高度の蓋然性があると思えば十分である」(126頁)と記載されている。
また、「元来、訴訟上の証明は、自然科学者が真実を目標とする論理的証明ではなく、真実の高度の蓋然性をもって満足する歴史的証明であり、「通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得ることで証明できたとするものである。だから論理的証明に対しては当時の科学の水準においては反証というものを容れる余地は存在しえないが歴史的証明である訴訟上の証明に関しては通常反証の余地が残されてい茗」ものである。論理的証明の対象は真実そのものであるから、反証の余地はないのであるが、訴訟上の証明である真実の高度の蓋然性で足りるとする立場からは、通常は反証の余地が残されているのであり、『高度の蓋然性』とは反証の余地があるものの、歴史的な経験則に基づく事実認識がなしうる場合を指す。」(127頁)と記載されている。

◯ 「医事法講義 第2版」

東京大学法学部教授でかつ循環器内科医師である米村滋人先生の「医事法講義第2版」に次のとおり記載されている。
「吉村良一の見解に示唆を得て筆者が提唱したのが、評価的因果関係理解による判断である。これは、因果関係は純然たる事実ではなく法的評価を含む概念であるとの理解に基づき、どの程度の関連性があれば因果関係を肯定できるかは実体法の問題として不法行為法の目的に最も適合するよう決定すべきであり、因果関係の認定困難例とされる事例でも評価的に因果関係を肯定できる場合があるとするものである。」(155頁)
「ルンバール事件判決の判断は、従来の学説では、証明の『方法』すなわち事実認定に関する判示であると理解されてきたが、同判決を引用する最高裁判決および下級審判決を見ると、何らかの形で因果関係の認定を緩和する方向性を根拠づけていると見られ、これは、証明の『対象』すなわち実体法上の因果関係概念を緩和したことによるものと理解することもできる。この理解によれば、同判決は部分的に評価的因果関係理解を取り込んだものと説明され、評価的因果関係理解に基づく因果関係判断は従来の判例実務とも親和性があると言えよう。」(156頁)

◯ まとめ

上記最判の調査官解説、「医療裁判 理論と実務」、及び「医事法講義第2版」から明らかなとおり、上記最判は、訴訟における法律上の因果関係が科学上の論理必然的な証明ではなく、帰責判断という価値評価を内包とする歴史的事実の証明であるとする従来からの実務の伝統的な立場を宣明したものである。
「高度の蓋然性」とは証明の程度(裁判官の心証度)を表すものでない。『高度の蓋然性』は、証明対象事実であり、反証の余地があるものの、歴史的な経験則に基づく事実認識がなしうる場合を指す。
歴史的事実相互間のつながりに高度の蓋然性があるというのは、法的評価を含む概念であり、どの程度の関連性があれば因果関係を肯定できるかは実体法の問題である。不法行為法の目的に照らして決定すべきである。


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